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東京地方裁判所 昭和35年(刑わ)4914号 判決 1961年8月09日

被告人 中西政樹 外二名

主文

被告人稲垣実、同沢俊雄を各罰金八千円に、

被告人中西政樹を罰金一万円に

それぞれ処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人藤田玄周及び同亀井徳寧に支給した分は被告人中西政樹の負担とし、証人中尾利男に支給した分は被告人ら三名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人稲垣は、かつての陸軍広島幼年学校における同期生であつた株式会社日本殖産金庫(以下日本殖産と略称する。)業務部次長下ノ村典昭の紹介により昭和二十八年三月五日同会社に入社し、経理部経理課帳簿係、同部資金課処理係主任を経て、同年十一月一日同会社姫路支店経理課長となつたが、同年十二月三十一日同会社が経営不振に陥り職員を一斉解雇したため同会社を退職したもの、被告人沢は、同年三月十日自動車運転手として同会社に入社し、典昭と同会社経理部次長祐川浩が乗用する自動車の運転を担当していたが、同年十二月三十一日右一斉解雇により同会社を退職し、その後は典昭個人に自動車運転手兼秘書として雇われていたもの、被告人中西は、東京弁護士会に所属し、東京都千代田区神田小川町一丁目三番地小川町ビル内に事務所を設け、弁護士をしているものである。

日本殖産は、同年暮頃経営不振に陥り、倒産の危険に瀕したので、典昭は、同会社の倒産に備え貸金業を営業の目的とする日本信用融資株式会社(以下日本信用融資と略称する。)を設立しようと計画し、日本殖産保全課長亀井徳寧、同会社秘書課長神長一郎、被告人稲垣、同沢らと共にその設立準備を進め、亀井、神長、被告人稲垣、同沢ほか数名が株式引受人となり、昭和二十九年一月十八日その設立登記をなした。

一方典昭は、日本殖産と取引関係にある印刷業者、宣伝広告業者に依頼し、日本殖産に対し正当金額以上の金額を加算したいわゆる水増請求あるいは架空請求をさせ、その支払を受けた金員中から水増あるいは架空分を同人に交付させたものを昭和二十八年七月頃以降三井銀行本店及び同銀行日本橋通町支店に藤田玄周名義で預金し、その後同年十月二十三日頃陸軍広島幼年学校における同期生であつた有馬紀典と相談のうえ、同人が勤務している三和銀行新宿支店に右預金(金額約七百八十万円)を井上一郎名義で預け替え、さらにその預金名義を有馬一郎名義に、次いで江藤一名義及び南勝名義に変更した。そのうち日本信用融資設立の準備が整つたので、典昭は、右預金を同会社の資本金に充当することとし、同会社の株式引受人である被告人稲垣、同沢らに対しては典昭の愛人江藤清子から借用した金であるように話したうえ、昭和二十九年一月十三日右預金から五百万円の払戻を受け、これを同会社の株式払込金に充当して同銀行同支店に同会社名義別段預金口座を設け、その後同預金を引き出したり預け替えたり、結局、前記の方法で典昭の得た金員の一部は同月下旬頃から、同支店の日本信用融資名義及び江藤清子名義の各当座預金となつていた。

ところが典昭は、同月二十五日業務上横領被疑者として警視庁に逮捕、引き続き勾留され、さらに同年二月十六日詐欺被疑者として同庁に逮捕、引き続き勾留され、同庁及び東京地方検察庁において、同人が松岡茂生、松本昭生及び三井蝶二と共謀のうえ、日本殖産と取引関係のある印刷業者、宣伝広告業者より架空または水増の代金請求書を作成提出させ、これを真実のもののように仕做して同会社経理課に提出し、同課員らを欺罔して同会社より金員を騙取したという被疑事実(以下本件詐欺被疑事実と称する。)についても取調を受け、右詐取金員の使途については黙秘したり、虚偽の供述を繰り返したりしていたが取調が進むにつれ前記預金の存在が発覚すれば詐取金員の使途についての弁解に窮し、且つ財産隠匿の目的を達しなくなることを憂えるに至つていた。典昭が逮捕された後、被告人稲垣、同沢は、たびたび弁護人と会合し、典昭からの差入の希望をきいたり、同人に対する取調状況をきき、その結果を関係者に連絡したりして同人のために尽力していた。

被告人中西は、同月三日典昭の弁護人に選任され、同日警視庁において同人と接見した際、同人から現在右詐欺被疑事実等につき取調を受けていることをきき、次いで同月九日警視庁において再び同人と接見した際、同人から取調の進行状況をきき、さらに右詐取金員の使途につき追及された場合には千万円を政党に献金し、新聞社関係その他に四、五百万円使用したと供述しようと思うがどうだろうか等との相談を受けたりし、たびたび被告人稲垣、同沢その他の者と会合し、典昭の取調状況を説明したり、同人の依頼を取り次いだり、同人の捜査官に対する供述内容を教えたりして同人のため積極的に活動していた。

被告人中西は、同月二十二日警視庁において典昭と接見した際、同人から取調状況の説明を受けた後、右詐取金員の使途につき追及を受けており、同人ら数名が設立した金貸業を行う新会社(日本信用融資)のことも捜査当局に察知されそうであるから、同会社の預金がしてある銀行の預金台帳を破棄してもらいたい旨依頼を受け、ただちにこれを拒絶したが、なおも同人から預金台帳の破棄が不可能ならば、同会社の預金を全部引き出して他に隠匿し、それができたならばその合図としておはぎと梅干を差し入れるよう被告人稲垣、同沢に連絡してもらいたい旨の依頼を受けたので、右預金が典昭の右詐欺被疑事件と関係があり、これを引き出すことにより右預金の元帳の記載が変更されることを認識しながらあえて、同日前記被告人中西の事務所において、被告人稲垣、同沢に対し、典昭が日本信用融資の預金を引き出し隠匿してほしいといつている。それができたらおはぎと梅干を差し入れるようにいつていた旨を伝達して右預金を引き出し隠匿することを示唆し、これに対して被告人稲垣、同沢は、右預金が当時典昭の取調を受けている刑事事件と関係のあるものでこれを引き出すことにより右預金の元帳の記載が変更されることを認識しながら、あえて右預金の引き出しを承諾し、共謀のうえ、ただちに同事務所附近の喫茶店から三和銀行新宿支店の有馬紀典に電話し、同支店に日本信用融資名義及び江藤清子名義の各当座預金口座に預金されていた金員を全額引き出すよう依頼したところ、有馬から支店の成績が低下するからとの理由で拒絶されたので、なお折衝の上、右当座預金を一旦全額引き出し、同支店の他の預金口座に預け替えることとし、翌二十三日同都新宿区新宿三丁目四番地株式会社三和銀行新宿支店において、情を知らない有馬を介して、日本信用融資名義の二十六万千六百三十円、江藤清子名義の三百七十万八千三百九十二円の各当座預金を無記名定期預金三百万円及び小沢安治名義の普通預金九十七万円に預け替える手続をし(二十二円は現金払)、即時同所において、同銀行係員をして、右日本信用融資名義及び江藤清子名義の各当座勘定元帳にそれぞれ残高〇、29年2月23日解約と記入させ、もつて被告人稲垣、同沢は、典昭の本件詐欺事件の証憑である右各当座預金勘定元帳の証憑たる効力を減少せしめて他人の刑事事件に関する証憑を湮滅し、被告人中西は被告人稲垣、同沢に対し右証憑の湮滅を教唆しこれを実行せしめたものである。

(証拠)(略)

(確定裁判)

被告人沢は昭和三十四年五月十一日東京地方裁判所において公正証書原本不実記載、同行使の罪により懲役六月(一年間執行猶予)に処せられ、この裁判は同月二十六日確定したものであつて、この事実は東京都中央区役所月島支所作成の身上調査照会回答書により明らかである。

(法令の適用)

被告人稲垣、同沢の判示所為はそれぞれ刑法第百四条、第六十条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、被告人中西の判示所為は刑法第百四条、第六十一条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に各該当するところ、被告人沢につき、判示の罪と前示確定裁判を経た罪とは刑法第四十五条後段の併合罪であるから、同法第五十条によりいまだ裁判を経ない判示の罪につき処断し、被告人ら三名につきいずれもその所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額範囲内において、被告人稲垣、同沢を各罰金八千円に、被告人中西を罰金一万円にそれぞれ処し、同法第十八条により、右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し、連帯負担の点についてはさらに同法第百八十二条を適用して、証人藤田玄周及び同亀井徳寧に支給した分は被告人中西の負担として、証人中尾利男に支給した分はこれを被告人ら三名に連帯して負担させることととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 荒川正三郎 岡田光了 神垣英郎)

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